話題の映画JOKER(ジョーカー)を映画館に見に行ってきました。
「クリストファー・ノーラン」監督の「ダークナイト 2008年」に出てくる「ヒース・レジャー」が演じるジョーカーが格好良くて、悪役ですが好きなキャラクターです。
「スーサイド・スクワッド」の時のジョーカーも雰囲気違って、あれはまた違うよさがあるのでいいのですが、やっぱりなんか物足りなさを感じたんですよね。
今回、ジョーカーを演じたのは「ホアキン・フェニックス」という役者です。
基本情報
邦題 | ジョーカー |
オリジナルタイトル | JOKER |
上映日 | 2019/10/04 |
作成国 | アメリカ |
ジャンル | ドラマ・クライム・スリラー |
あらすじ
『ハングオーバー:トリロジー』で知られるトッド・フィリップス監督が、バットマンのヴィランとして有名な”JOKER”の誕生を描くクライムドラマ、つまり犯罪映画である。
80年代のゴッサムシティを舞台に、母の言葉「どんな時でも笑顔で人々を楽しませなさい」を心に、母の願いを叶えようをピエロに扮して必死に生きている主人公アーサー。
しかし、世間は甘くも優しくもなかった。
それでも前を向いて生きていくアーサーの心を折る出来事が起こる。ここから落ちぶれたコメディアンの男が、徐々に狂気の道化”JOKER”へと変わっていく様を描く。
感想
『質の高い好みが別れる映画』
この一言につきると思う。
まず、舞台となる街の貧しさや人々の心の貧しさなど空気感はとてもリアルだった。
ホアキン・フェニックスの異常な痩せ方、表情の魅せ方などは鳥肌がたつものも多かった。
そして、喜劇的妄想なのか事実なのかはっきりさせ過ぎないところもこの映画の魅力に感じた。
世の中の不条理、度重なる不幸といった質感や、各人物の狂気、後ろめたさや栄華を誇示するなど様々な含みをもった演技を観ると名作と言われるのも納得である。
しかし、何と言っても”JOKER”の話。バットマンのヴィラン、つまりヒーローと同等の存在感を放つ人物であるとされるとして有名な”JOKER”の誕生話として観ると物足りない。
さまざまな伏線があったり、善悪が入れ替わるなど引き込まれる点は散りばめられているものの、没頭してしまい、手に汗かいて映画を観る、そういう点がなかった。
意味不明な狂気や感覚をもつ存在”JOKER”としての狂気や迫力に欠けていると感じる映画であった。
一歩引いて俯瞰している感覚であった。
反対に”JOKER”に思い入れさせ過ぎない監督の意図なのかもしれないとも感じた。
どれだけ有名であっても悪役である。その”JOKER”が賛同される存在であっては危険だからであろうか。
そんな中、ここまでの説得力を持たせているのはBGMや間合いといった脚本や演技力の賜物であろうともかんじた。
”JOKER”としての理解不能な狂気や感覚は感じられなかったが、観てよかったと思う。
『アーサーの不幸の塊のような人生』が鍵である。
彼ほどではないにしても、人は悲しみや不幸が起きることはあるし、そんな時に笑い飛ばすこともある。
アーサーのそれらに惹きつけられ身震いし、その狂気に恐る。それとともに、自分の中の”JOKER”のような部分、つまり現実逃避や妄想と近くにいるのかもしれないと思って見てみると面白い。
ジョーカーは素性がわからないから恐怖を感じてたと思って、生い立ちとか知ってしまうよジョーカーの人間性がわかり、かわいそうだなと同情が入ってしまうと、恐怖が薄れる気がしました。
ジョーカーの笑い方が特徴的で「ハハハハハハハ」と笑うのですが、ホアキンのジョーカーの笑い方はどこか寂しさを感じました。
もっとジョーカーにカリスマ性がほしかった。
R15指定でしたが、グロシーンは1箇所くらい。
小さいピエロが酒を持って家にきたら目を閉じる準備を。笑
このふたつの映画を見てから、もう一度ジョーカーを見ると、また違って目線から楽しめるようです。
また見たら感想を追記したいと思います。
皆さんも是非ジョーカーを御覧になってみてください!
監督
トッド・フィリップス
キャスト
ホアキン・フェニックス
ロバート・デ・ニーロ
関連作品
タクシー・ドライバー
ロバート・デ・ニーロが主演でタクシーの運転手を演じています。
この運転手は少し足りない人でジョーカーに似ています。
過去にロバート・デ・ニーロがジョーカーに似た役を演じていて、時が経ってジョーカーに殺されるとは、なんてことでしょうか。
そんな伏線があったとは。