※本記事にはアフィリエイト広告(PR)が含まれています。
予告編で「無数の自分が同時に存在する」設定を見た瞬間、驚きと同時に疑問が湧きました。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が描くマルチバースは、物理学の多世界解釈と本当に同じものなのでしょうか。
私は理学部物理学科で量子力学の解釈問題を学んだ経験があります。
この記事では多世界解釈の考え方を日常の比喩と数値例で説明し、作品の設定がどこまで物理学的でどこからが創作かを線引きします。
読み終えれば、マルチバース設定を自分の言葉で誰かに説明できるようになります。
あいちゃんエブエブのマルチバースって、実際の物理学でも認められてる説なんですか?
えぞえ多世界解釈っていう量子力学の立場があるんです。中身を一緒に見ていきましょう。
今回の記事の内容
- マルチバースと多世界解釈の関係
- 日常の比喩と数値例で見る「分岐」の仕組み
- 作品の設定が物理学的に正確なのはどこまでか
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が描く世界

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』は、洗濯屋を営む主人公が、選択ひとつで枝分かれした無数の宇宙と行き来するようになる物語です。
予告編でも明かされている設定なので、ここまでは安心して読み進めてください。
荒唐無稽な宇宙がいくつも登場する一方で、根底にあるのは家族との向き合い方という地に足のついたテーマです。
この記事では物語の筋は追わず、設定の土台にある物理の考え方だけを取り出して解説します。
まだ本編を観ていない方は、配信で視聴環境を整えてから続きを読み進めるのもおすすめです。人気の映画・ドラマ・アニメが見放題【Amazonプライム・ビデオ】
⚠ 注意
ここから先は、作品の設定に触れる物理の考察を含みます。物語の結末に関するネタバレはありませんが、まだ本編を観ていない方はご注意ください。
物理学は「無数の自分」を本当に許しているのか

多世界解釈という立場に立てば、分岐した宇宙が同時に存在するという考え方自体は、物理学の枠内にあります。
ただしそれは、量子力学の「解釈」のひとつとして許されているという意味です。
多世界解釈とは何か
多世界解釈とは、量子力学の測定でありえるすべての結果が、それぞれ別の宇宙として実際に分岐するという立場です。
1957年に物理学者ヒュー・エヴェレットが提唱し、量子力学の数式をそのまま信じるとこの考え方に行き着くと主張しました。
数式どおりに考えると、測定する装置や結果を見る人間も、重ね合わせの一部に組み込まれます。
その結果「表を見た私」と「裏を見た私」が別々の枝として並ぶ、というのが多世界解釈の描く絵です。
コペンハーゲン解釈との違い
一番の違いは、測定の瞬間に可能性が一つに絞られると考えるかどうかです。
| 観点 | コペンハーゲン解釈 | 多世界解釈 |
|---|---|---|
| 測定のとき何が起きるか | 重ね合わせが一つの結果に収縮する | 収縮は起きず、結果ごとに枝分かれする |
| 世界の数 | 一つ | 枝分かれした分だけ並ぶ |
| 置いている仮定 | 収縮という特別な過程を認める | 量子力学の基本方程式だけで説明しようとする |
| よく指摘される弱点 | 収縮がいつ・なぜ起きるのか説明しにくい | 確率が何を意味するのか説明しにくい |
通常の実験では、どちらの解釈を選んでも予測される結果は同じです。
だからこそ実験でどちらが正しいかを決めにくく、「解釈の問題」と呼ばれています。
コイン投げで分かる「分岐」の考え方
古典的な確率の考え方では、コインを投げて表が出たら「裏が出る可能性は消えた」と捉えます。
多世界解釈では、表が出る宇宙と裏が出る宇宙の両方が、観測した瞬間にそれぞれ実在すると考えます。
厳密に言うと、実際のコイン投げは古典力学で説明できる現象で、量子的な分岐の例ではありません。
ここでは電子のスピンの測定のような、本当に確率的な量子の測定をコインにたとえています。
この観測と実在の関係は、シュレーディンガーの猫の思考実験でも中心的な論点です。
数値で見る分岐の広がり
コインを3回投げると、出方の組み合わせは2×2×2で8通りになります。
10回投げれば2の10乗で1024通りに増え、分岐のたびに宇宙の数が指数的に膨らんでいく計算です。
20回なら2の20乗で約105万通りになり、回数が2倍になるだけで枝の数は1000倍以上に跳ね上がります。
この「分岐するたびに宇宙が増える」という発想が、作品の無数の並行世界という設定の物理学的な土台になっています。
■ ここがポイント
多世界解釈では「選択肢のどちらも実際に起こる」と考えるため、分岐そのものは物理学で議論されてきた立場のひとつです。
作品のどこまでが科学的に正確で、どこからが創作か

多世界解釈そのものは物理学で議論されてきた立場ですが、主人公が意図的に宇宙を飛び移る部分は創作です。
設定ごとに物理学と照らし合わせる
作品の設定を4つに分けると、物理学に根拠があるのは最初の1つだけです。
| 作品の設定 | 物理学での扱い | 判定 |
|---|---|---|
| 分岐した宇宙が無数にある | 多世界解釈で議論されている | 物理学の立場のひとつ |
| 選択ひとつで世界が枝分かれする | 分岐の引き金は量子的な出来事で、人の決断とは限らない | 一部が創作 |
| 別の宇宙の自分とつながる | 分岐後の枝は互いに影響し合えないとされる | 創作 |
| 意図的に宇宙を飛び移る | そうした仕組みは知られていない | 創作 |
分岐した宇宙同士は行き来できない
現在の物理学では、一度分岐した宇宙同士が情報をやり取りする仕組みは確認されていません。
これは専門的には「デコヒーレンス」と呼ばれる過程で、分岐した宇宙同士が互いに影響し合えなくなる現象として説明されます。
量子の重ね合わせは、周りの空気の分子や光とぶつかるたびに、その痕跡が環境に書き込まれていきます。
水に落としたインクの一滴が広がったあと、元の一滴だけを取り出すのが難しいのと似ています。
人間のように大きな物体ほど周囲との相互作用が多く、枝を元に戻して別の枝とつなぐことは現実的に不可能と考えられています。
人の「選択」で分岐するとは限らない
多世界解釈で枝分かれを起こすのは、人の決断ではなく量子的な出来事です。
朝食をパンにするかご飯にするかといった日常の迷いが、量子的な揺らぎから直接生まれているかどうかは分かっていません。
そのため「あのとき別の道を選んだ自分の宇宙」が必ずあるとは、多世界解釈からも言い切れないのです。
作品の「選択で枝分かれする」という見せ方は、物理の分岐を人生の分かれ道に重ねた物語上の翻訳だと私は受け取っています。
飛躍があるから物語になる
変わった行動を取ることで別の宇宙の自分とつながるという作品の設定は、物理学の理論を踏み台にした創作上の飛躍と言えます。
似た手法はタイムトラベル映画の分類でも使われています。
この飛躍があるからこそ、理論の説明だけでは生まれない娯楽としての面白さが生まれているとも言えます。
「マルチバースはもう証明された」は誤解

マルチバースという言葉がSNSで広まった影響で、「物理学的に証明された理論」という誤解が広がっています。
実際には、多世界解釈は量子力学の解釈のひとつであり、実験で検証された理論ではありません。
マルチバースという概念自体も、宇宙論的な多宇宙論・弦理論のランドスケープ・多世界解釈など、立場によって中身が異なります。
マルチバースの立場を比べる
同じ「マルチバース」でも、何がたくさんあるのかは立場ごとにまったく違います。
| 立場 | 何がたくさんあるのか | ほかの宇宙との行き来 |
|---|---|---|
| 量子力学の多世界解釈 | 量子的な結果ごとに分かれた枝 | できないとされる |
| 宇宙論的な多宇宙論 | 観測できる範囲の外にある別の領域 | 観測できない |
| 弦理論のランドスケープ | 物理法則の定数などが異なる宇宙の候補 | 確認されていない |
| 作品のマルチバース | 選択ごとに分かれた人生の宇宙 | 物語の中では可能 |
作品や記事で「マルチバース」という言葉を見かけたとき、どの立場の話をしているのかを区別するだけでも、情報を受け取る精度が上がります。
アニメ作品における分岐構造は、世界線収束というテーマでも語られています。
多世界解釈の検証が難しい理由
ほかの枝を観測する手段がないため、実験で白黒をつけにくいのが理由です。
さらに、すべての結果が実際に起こるなら「表が出る確率は50%」とは何を意味するのか、という問いも残ります。
量子力学で確率を計算するボルンの規則を、多世界解釈からどう導くかは今も議論が続いています。
現時点では、どの解釈が正しいかを決める決定的な実験は見つかっていないと考えられています。
物理を知ると作品の見え方はどう変わるか
物理との距離を意識して観ると、突飛な設定を「どこで現実から跳んだのか」という目線で楽しめるようになります。
観るときの3つのチェックポイント
分岐の引き金が何として描かれているか(量子的な出来事か、人の決断か)
枝と枝の間で何がやり取りされているか(物理学では行き来できないとされる部分)
別の宇宙の自分を「同じ人」として扱っているか
3つ目は物理学というより哲学の問いで、多世界解釈でも「枝分かれしたあとの私はどちらも私なのか」は議論の的です。
すべてが起きる世界で選択に意味はあるか
多世界解釈には「すべての可能性が実現するなら、一つの選択に重みはあるのか」という問いがつきまといます。
物理学の側の答えは解釈によって分かれ、まだ定まっていません。
無数の宇宙を描きながら家族との向き合い方を中心に置く作品の構図は、この問いに物語の側から向き合ったものだと私は考えています。
この解説が役立つ人・役立たない人
- 役立つ人: 設定の科学的な根拠が気になる人、観たあとに誰かへ説明したい人
- 役立たない人: 物語の筋や結末を知りたい人(本記事では扱いません)
まとめ

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』が描くマルチバースは、多世界解釈という物理学の立場を踏み台にした創作です。
分岐という発想そのものは量子力学の議論の中にありますが、宇宙を意図的に飛び移る仕組みは理論的な根拠がありません。
作品を観るときは、どこまでが科学でどこからが物語の飛躍かを分けて楽しむと、考察の幅が広がります。
この記事のまとめ
- ✓ 多世界解釈は量子力学の立場のひとつで、分岐そのものは物理学の議論の範囲内
- ✓ 分岐の引き金は量子的な出来事で、人の決断がそのまま枝分かれを生むとは限らない
- ✓ 分岐した宇宙同士が行き来する仕組みは理論的な根拠がなく、創作上の飛躍
- ✓ マルチバースは「証明された理論」ではなく、検証されていない解釈のひとつ
よくある質問
マルチバースは物理学的に証明されているのですか?
証明された理論ではありません。多世界解釈は量子力学の解釈のひとつであり、実験的に検証されたわけではなく、支持する物理学者もいれば採用しない物理学者もいる立場です。マルチバースという言葉自体も、分野によって指す中身が異なります。
『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の設定は完全なSFですか?
分岐した宇宙が存在するという発想自体は、多世界解釈という物理学の立場を踏まえています。一方で、意図的に宇宙を飛び移る仕組みは創作上の設定で、物理学の理論を踏み台にした飛躍と言えます。
多世界解釈以外にもマルチバースの説明はあるのですか?
あります。宇宙論的な多宇宙論や弦理論のランドスケープなど、分野によって「マルチバース」が指す中身は異なります。本記事では量子力学の多世界解釈を中心に取り上げています。
※本記事は作品の批評・考察を目的とした個人の感想です。あらすじの詳細な再現や結末の解説は行っていません。引用は論評に必要な最小限にとどめています。作品名・登場人物名・画像等の権利はすべて各権利者に帰属します。